脂肪溶解注射は、メスを使わずに脂肪を減らす美容医療として注目されています。
特に近年はデオキシコール酸(deoxycholic acid)という成分を用いた脂肪溶解注射が登場し、二重あごなど部分的な脂肪除去に効果的な治療法として普及し始めています。
本記事では、デオキシコール酸を中心とした脂肪溶解注射のメカニズムや効果、最新の海外論文が示す有効性と安全性について解説し、
ホスファチジルコリン(phosphatidylcholine)との関係や、日本国内での施術実態(使用薬剤やクリニックでの事例・傾向)についても紹介します。


脂肪溶解注射とは?デオキシコール酸で脂肪を溶かす仕組み

脂肪溶解注射とは、脂肪を分解・除去する薬剤を皮下の脂肪層に注射し、部分痩せを目的とする治療です。
デオキシコール酸は脂肪を溶かす主成分として近年脚光を浴びていますが、これは人体にもともとある胆汁酸の一種で、食事の脂肪を乳化する働きを持ちます。
注射用に合成されたデオキシコール酸製剤を皮下に打ち込むと、脂肪細胞の膜を不可逆的に破壊し、細胞を溶解させる作用があります。
溶けだした脂肪は細胞外に流出しますが、直後に軽度の炎症反応が生じてマクロファージ(免疫細胞)が集まり、脂肪細胞の残骸や漏出した脂質を処理します。
処理された脂肪成分は静脈やリンパ管を通じて最終的に体外へ排出されるため、注射した部位の脂肪量が徐々に減少します。
この炎症過程で組織に線維化や皮膚の真皮肥厚などの変化も起こり、これにより適度な皮膚の引き締まり効果(たるみ予防効果)が生じることも報告されています。
デオキシコール酸は体内でもともと生成・循環している物質でもあり、注射後は肝臓で代謝・分解されるか、胆汁の一部として排泄されるため体内に蓄積しません。
海外の最新研究データが示す脂肪減少効果

臨床試験で証明された有効性
デオキシコール酸注射(商品名: Kybella〈米国〉/Belkyra〈欧州・カナダ〉)は2015年に「顎下脂肪(いわゆる二重あご)の改善」用途で米国FDAの承認を取得しました。
承認に至った大規模臨床試験では、1000人以上の被験者を対象にプラセボ(生理食塩水)と比較検証が行われています。
結果は非常に良好で、顎下の脂肪ボリュームが1段階以上改善(医師・患者による評価)した割合はデオキシコール酸注射群で約70%に達し、プラセボ群の約20%を大きく上回りました。
中には2段階以上の顕著な改善が見られたケースもありました(試験群13–18%、プラセボ群0–3%)。
全体として、治療後は患者自身の顔やあご下の見た目に対する満足度が飛躍的に向上し、被験者の約79%が顕著な改善が得られたと報告しています。
これらの試験から、デオキシコール酸注射には部分的な脂肪減少と輪郭改善の確かな効果があることが科学的に証明されました。
さらに追跡研究では、その効果が長期にわたり持続することも示唆されています。
あるフォローアップ調査では、治療から3年経過後でも初回治療後に満足していた患者の約74%が引き続き結果に満足していたとの報告があります。
このように、一度破壊・除去された脂肪細胞は戻りにくいため、効果は半永久的と考えられます。
ただし、大幅な体重増加があれば残存する脂肪細胞が肥大化するため、施術部位に脂肪が再び蓄積する可能性はあります。
そのため効果を維持するには、施術後も体重管理を心がけることが推奨されます。
メタ分析による総合評価
最新の体系的レビュー(2023年)でも、デオキシコール酸注射の有効性が改めて確認されています。
このメタ分析では、厳選された複数のランダム化比較試験のデータを統合し、注射治療群はプラセボ群に比べて有意に優れた脂肪減少効果を示すことが明らかになりました。
具体的には、医師による評価・患者自身の評価ともに、あご下脂肪の減少度合いが統計的に有意に高く、見た目の改善効果と患者満足度の双方で有意差が認められています。
同時に副次的な効果として、治療後の心理面(例えば顎下の脂肪による見た目のコンプレックスの軽減)にも良い影響が出たとの報告もあります。
ただし、このレビューではエビデンスの「確実性」は中程度~低程度と評価されました。
理由の一つとして、該当する臨床試験の多くが製薬企業(薬剤メーカー)による資金提供を受けていた点が挙げられています。
いわゆる産業バイアスの可能性があるため、結果の解釈には注意が必要ですが、
それでも「デオキシコール酸はあご下脂肪の減少に有効で、副作用も許容範囲内である」との結論が導かれています。
副作用・リスクと安全性について

デオキシコール酸による脂肪溶解注射はメスを使わない低侵襲な治療ですが、注射であるため多少の副作用やダウンタイムは避けられません。
臨床試験や施術報告によれば、最も一般的に見られる副反応は、注射部位の腫れ(浮腫)や内出血(あざ)、痛み、発赤、しびれ(感覚鈍麻)、硬結(しこり)などです。
これらは治療直後から数日間は顕著ですが、一過性で徐々に改善し、通常は自然に消失します。
例えば腫れは注射後24時間程度でピークアウトし、2~3日もすれば大部分が落ち着くのが一般的です(症状には個人差があります)。
硬く触れるしこりや軽度の麻痺感が残ることもありますが、数週間かけて組織がリモデリング(再構築)されるにつれて解消していきます。
こうした炎症過程は前述のとおり脂肪を除去するために起こる生理的な反応でもあり、適度な線維化はむしろ皮膚の引き締めにつながる側面もあります。
一方で、頻度は低いものの注意すべき稀な合併症も報告されています。
顎下への注射では、ごく稀に顔面神経(下顎縁枝)の一時的な麻痺が起こりうることが知られています。
臨床試験でも約4%の症例で口元の左右非対称(片側の口角が下がる等)が見られましたが、これは注射による一時的な神経障害が原因と考えられ、すべて自然回復しています(回復までの期間: 1~298日、中央値44日)。
また、注射部位周辺の嚥下障害(飲み込みにくさ)が一時的に生じたケースも約2%報告されていますが、こちらも平均3日ほどで自然に改善しています。
これらは主に顎下への大量注射による周囲組織の炎症や腫れが原因で、適切な部位・深さに注射を行えば回避できるとされています。
実際、製剤メーカーも顎下の特定の神経や唾液腺、血管などを避ける位置にのみ注射するよう推奨しており、安全に施術するためには解剖学的知識を持つ医師による施術が必須です。
ごく稀な副作用として、注射部位の毛が抜けたり、皮膚表面への潰瘍・壊死(浅い層に誤注射した場合に起こる)が報告されたとの資料もありますが、いずれも適切な手技でリスクを下げられる事象です。
総じて、デオキシコール酸注射の副作用は一時的かつ局所的なものが大半であり、経験豊富な医療従事者のもとで正しく施術すれば安全に受けられる施術といえます。
しかし注意しなければならないのは、未承認の粗悪な薬剤や不適切な手技によるリスクです。
米国FDAは、Kybella(デオキシコール酸製剤)以外の未承認の脂肪溶解注射(例:Aqualyx、LipoLab、Kabellineなど通販等で入手できる製剤)を使用した施術で、重篤な副作用が報告されていることに警鐘を鳴らしています。
具体的には、無資格者による施術や自己注射によって、感染症や瘢痕、しこり等の深刻な被害が生じたケースがあります。
このような事態を避けるためにも、脂肪溶解注射は必ず医師の管理下で正規の薬剤を用いて行うことが重要です。
日本国内では後述するように公的承認を受けた製剤は無いため、各クリニックが責任をもって輸入した薬剤を自由診療で使用しています。
信頼できる医療機関で、十分なカウンセリングのもと施術を受けるようにしましょう。
ホスファチジルコリン(PC)との関係:併用療法と研究事例
脂肪溶解注射の歴史を振り返ると、デオキシコール酸が単独で注射に使われる以前は、ホスファチジルコリン(PC)というリン脂質を主成分とした薬剤が用いられてきました。
PC注射は「メソセラピー」や「リポディゾルブ(脂肪溶解液)」と称され、1980年代から局所脂肪の除去に試みられています。
その後、PC注射液にデオキシコール酸(DC)を添加することが一般的となります。
これはPC自体を安定させ注射可能な形にするためで、例を挙げるとあるPC注射液の1mL中には、50 mgのPCと42 mgのDCが含まれる処方が用いられていました。
こうした成分配合注射は「PC-DC注射」とも呼ばれ、一時期世界的に広まりました。
PC-DC注射の有効性については賛否ありましたが、2010年代に入って小規模ながら科学的検証も行われています。
米国で実施されたランダム化比較試験では、被験者の腹部片側にPC+DC注射、反対側を無処置の対照として経過観察したところ、注射側の皮下脂肪厚が有意に減少したとの結果が報告されました。
生検(組織検査)による解析では、注射部位の脂肪組織において脂肪細胞の壊死やマクロファージ浸潤が確認され、
ホルモン感受性リパーゼなど脂質代謝関連の遺伝子発現も低下していたことから、薬剤による脂肪分解作用が裏付けられています。
興味深いことに、この試験では血中の炎症マーカーやコレステロール・血糖値などに有意な変化は見られず、局所的に脂肪を減らしつつも全身の代謝へ悪影響は及ぼさないことも示されています。
こうした結果からPC-DC注射にも一定の効果が認められるものの、専門家の分析によれば「実際に脂肪細胞膜を破壊している主役はデオキシコール酸であり、PCは溶媒の役割に近い」とされています。
実際、PC単独では脂肪細胞を溶解する力は乏しく、PCを溶かし込むための界面活性剤として加えられたデオキシコール酸が強い細胞融解作用(洗剤のような作用)を示すことが分かっています。
言い換えれば、「PCありきのDC添加」から「DC単独で脂肪融解剤とする」方向にコンセプトが変化したのが現在のKybella等の製剤と言えます。
結果的に米国FDAも有効成分デオキシコール酸そのものを脂肪溶解剤として公式承認したため、近年の研究や美容業界の関心はホスファチヂルコリンよりもデオキシコール酸に向けられています。
なお、現在市販されている一部の脂肪溶解注射製剤では、デオキシコール酸に他の成分を併用して効果の底上げや副作用軽減を図っているものもあります。
国内外を問わず、ビタミンやカフェイン、植物由来エキスなどを添加した独自処方の「脂肪溶解注射」が各種存在し、脂肪燃焼を促進したり肌の引き締め効果を謳うものも見られます。
しかし、その効果や安全性は成分によって様々であり、確立したエビデンスが十分あるとは言えません。
基本的にはデオキシコール酸そのものの脂肪融解作用が治療の要である点を踏まえ、付加成分の有無に惑わされず信頼性の高い情報に基づいて施術を選択することが大切です。
日本国内における施術実態と使用されている製剤

日本国内でも脂肪溶解注射は自由診療の美容メニューとして広く行われています。
ただし2025年時点で厚生労働省に承認された「脂肪溶解剤(脂肪除去を適応とする注射薬)」は存在しません。
そのため、各クリニックが海外から医薬品または医療材料として輸入した製剤を使用し、医師の裁量で施術が行われているのが現状です。
主要な美容クリニックでは、安全性と実績のあるメーカーの薬剤を選定し、適切な手順で施術が行われています。
以下に、国内で多用されている代表的な脂肪溶解注射製剤の例と、施術の傾向についてまとめます。
主な脂肪溶解注射の製剤例(カベリン、チンセラプラス、BNLS ほか)
カベリン(Kabelline)やチンセラプラスは、日本のクリニックでよく使用される脂肪溶解注射液の商品名です。
これらは主成分にデオキシコール酸を含む韓国製の製剤で、米国のKybellaと同様のコンセプトで開発されています。
例えばチンセラプラスはデオキシコール酸0.8%と比較的高濃度に配合されており、高い脂肪溶解効果を発揮します
独自の製剤技術により痛みや腫れを抑えやすく改良されており(pHや浸透圧を調整した中性処方)、脂肪細胞を破壊しつつも炎症を最小限にする工夫がされています
カベリンについてもデオキシコール酸0.5%製剤であり、あるクリニックの説明では「1回の注射で約60%の人が効果を実感し、1~2週間おきに3~5回程度繰り返すと最大の効果が得られる」とされています。
ただ、1-2週間という短期間で脂肪溶解注射を繰り返し注入し効果を確かめる研究は、今まで筆者は見たことがありません。
これらの製剤は主に顔の部分痩せ(小顔目的)に用いられ、二重あご、フェイスライン、頬の脂肪などに対する施術例が多いです。
BNLS注射(ビーエヌエルエス)も日本で広く知られる小顔・部分痩せ注射です。
BNLSはもともと植物由来エキスやカフェインなどを主成分とした製剤で、従来はデオキシコール酸をほとんど含まない処方でした(旧BNLS neoではデオキシコール酸濃度0.0001%程度)。
そのため腫れにくくダウンタイムが軽微な反面、脂肪溶解効果もマイルドで複数回の施術が推奨されてきました。
しかし近年は改良型のBNLS Ultimate(アルティメット)が登場し、デオキシコール酸濃度が従来比200倍(0.02%)に引き上げられました
さらに、韓国製のFatXやその改良版FatX Coreといった新世代の脂肪溶解注射も出現しています。
FatX Coreはデオキシコール酸を1.0%配合した最新の脂肪溶解注射で、非常に高い痩身効果が期待できるといいます。
加えて抗炎症・抗浮腫作用を持つ独自成分(NAISコンプレックス)を調整配合することで、従来品と同等の脂肪減少効果を維持しつつ腫れや痛みを軽減すると言われています。
このように国内では「腫れにくさ」と「効果」のトレードオフを改善すべく各社が工夫を凝らした製剤を採用しており、患者の希望やライフスタイルに合わせて使い分けられています。
腫れが少ない反面ゆっくり効果を出す従来型(BNLS系)を選ぶか、
多少の腫れ・ダウンタイムは許容しても早く脂肪除去したい場合は高濃度デオキシコール酸製剤(KabellineやFatX系)を選ぶか、といった提案がなされることが多いようです。
まとめ:脂肪溶解注射の効果と安全性
デオキシコール酸を用いた脂肪溶解注射は、科学的エビデンスに裏付けられた有効性を持つ画期的な部分痩せ治療です。
海外の臨床研究では、あご下の脂肪減少に対する確かな効果が示されており、多くの患者で輪郭の改善と高い満足度が得られています。
脂肪細胞そのものを破壊して除去するため効果は持続しやすく、適切な体重管理のもとではリバウンドもしにくい治療法です。
一方、施術には一時的な腫れや痛みなど避けられないダウンタイムが伴いますが、これらは概ね数日~2週間程度で収まる軽度な副作用であり、重篤な合併症は稀です。
美容医療の初心者にとっても比較的ハードルが低く、メスを入れずに気になる部分だけ細くできる選択肢として魅力的でしょう。
とはいえ施術の安全性・効果は医師の技術や使用薬剤の品質に依存します。
不適切な手技や粗悪品の使用は深刻なリスクを伴うため、必ず信頼できるクリニックで医師と十分に相談した上で受けるようにしてください。
脂肪溶解注射は日々進歩しており、国内外で新たな製剤や併用療法の研究が進んでいます。
今後さらに安全で効果的な施術法が確立される可能性もあります。
美容医療を検討する際には最新の情報と科学的根拠に基づいて判断し、理想のボディライン・フェイスライン実現に役立ててください。
各種エビデンスを踏まえれば、デオキシコール酸脂肪溶解注射は適切な手順のもとで行われる限り、効果と安全性のバランスに優れた有望な痩身治療と言えるでしょう